『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が話題のジェーン・カンピオン監督をご存知でしょうか。
彼女は女性監督としてはじめて、2度目のアカデミー監督賞候補になりました。
長いキャリアを持つカンピオン監督ですが、彼女が手掛けた作品は多くありません。
実はカンピオン監督の私生活は、彼女の映画のようにドラマに溢れています。
彼女がつくる作品は難解だと思われがちですが、監督の背景を知ることでより深く楽しむことができるようになります。
今回はそんな「女性監督のパイオニア」ジェーン・カンピオン監督をご紹介します。
目次
フィルモグラフィー
まずはジェーン・カンピオン監督のフィルモグラフィーを確認しましょう。
- 1986:Two Friends(ルイーズとケリー)※テレビ映画
- 1989:Sweetie(スウィーティー)
- 1990:An Angel at My Table(エンジェル・アット・マイ・テーブル)
- 1993:The Piano(ピアノ・レッスン)
- 1996:The Portrait of a Lady(ある貴婦人の肖像)
- 1999:Holy Smoke !(ホーリー・スモーク)
- 2003:In the Cut(イン・ザ・カット)
- 2009:Bright Star(ブライト・スター いちばん美しい恋の詩)
- 2021:The Power of the Dog (パワー・オブ・ザ・ドッグ)
1954年ニュージーランドに生まれたカンピオン監督は、両親の影響で幼少期をヨーロッパで過ごしました。演劇の世界に暮らすカンピオン家にあって、カンピオン監督は姉弟たちとともに親からの愛を受けられずに育ちました。
ニュージーランドにあるウェリントン大学では映画を学ぶこともなく(人類学専攻)、卒業後はヨーロッパを巡りながら自分の生きる世界を探します。
カンピオン監督の作品に、自分の居場所を求める女性が多く描かれるのはこのときの経験が理由ではないでしょうか。
ロンドンで広告会社に勤めたのちに、オーストラリアの大学で絵画を学んだカンピオン監督は卒業後ついに映画学校に入学。
映画学校卒業後にいくつかの作品で監督と脚本のキャリアを積み上げると、1989年に『スウィーティー』で監督デビュー。2作目の『エンジェル・アット・マイ・テーブル』とともに世界中で評価を集め、3作目『ピアノ・レッスン』でついにカンヌ国際映画祭パルムドール(作品賞)を受賞。
アカデミー賞では女性として史上2人目の監督賞候補、そして脚本賞を受賞しました。
その後は子育てをしながら作品を作りつづけ、周囲に翻弄されながら自分の居場所を求める女性を描き続けます。
そして12年ぶりの監督作『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で、ヴェネツィア国際映画祭の銀熊賞(監督賞)を受賞し、2度目のアカデミー監督賞候補となりました。
奇しくも『ピアノ・レッスン』で敗れたスピルバーグ監督との再戦になったことで、リベンジをはたすことができるかに注目が集まります。
エピソード
カンピオン監督自身も彼女の作品に登場する女性たちと同じかそれ以上に、波乱に満ちた人生を歩んでいます。それらを知ることは、作品を理解するうえで手助けとなるかもしれません。
父と母
カンピオン監督の母イーデスは、孤児だったにもかかわらず祖父から莫大な遺産を相続しました。演劇人だった父のリチャードはその遺産で劇団を立ち上げたそうです。
監督が生まれる前からして、すでにカンピオン作品的な気配が漂っているから驚きです。
姉アンナと弟のマイケルの3姉弟は、貧しい幼少期を過ごします。父の劇団旗揚げから10年ほどが経ったときには、すでに遺産が底をついていたからです。
劇団を解散したカンピオン一家は、親類を頼ってヨーロッパへ渡ります。
姉アンナとの確執
劇団にかかりきりだった両親の気を引こうと、姉弟は常に競争的に育ったそうです。
とくに姉のアンナと妹ジェーン・カンピオン監督の関係は悪く、同じ世界で働くようになった二人はお互いをライバル視するほどになりました。
姉アンナ・カンピオン監督は『ローデッド』という作品でデビューしています。
仲違いの期間が長く続いた二人でしたが、『ホーリー・スモーク』は共演しています。
息子と娘
『ピアノ・レッスン』でカンヌ国際映画祭パルムドール(作品賞)を受賞してまもなく、カンピオン監督は最初の息子ジャスパーを、わずか生後12日で失ってしまいます。
失意のカンピオン監督でしたが、翌年のアカデミー賞授賞式では長女アリスを身篭っていることがわかっていたそうです。
そのアリスが小学校に上がったころ、離婚を機に不登校になってしまった娘のために、カンピオン監督は映画界から離れて娘の家庭教師をして暮らしたそうです。
現在では母の作品にも出演する女優アリス・イングラートとして活躍しています。
特徴
裏側で進行する悲劇
カンピオン監督の作品は難解であるといわれることがあります。
それは進行している物語の裏側で、静かに悲劇へのカウントダウンが鳴りつづけているため、いざその時がくると唐突すぎて脈絡がないように感じるためです。
ところが作品をよく見ると、映像の至るところに悲劇へ向かうヒントが隠されていることがわかります。
カンオピオン監督の作品を観るときは、映像の細部まで注意をして鑑賞しましょう。
女性側から描かれる性
どの作品でも共通して、カンオピオン監督は女性ならではの性を描いています。
とくに女性の欲情を当然のものとして描いたのは、カンオピオン監督が女性であるからこそできたことではないでしょうか。
男性が描けば極端な性格描写として捉えられかねない表現も、女性であるカンオピオン監督が描くことで女性にとって普遍的なものだと納得させられます。
おすすめ作品
強い女性が多く登場するカンピオン監督の作品の中で、ピアノレッスンのエイダが残した印象は強烈なものでした。
『ピアノ・レッスン』
『ピアノ・レッスン』はカンヌ国際映画祭でパルムドール(作品賞)を受賞し、アカデミー賞でもホリー・ハンターが主演女優賞を、アンナ・パキン(X-menシリーズでも有名)が11歳で助演女優賞を受賞しました。
カンピオン監督自身も脚本賞を受賞しています。
言葉を発することのできないエイダが奏でるピアノは美しく、それに対比するように映画の冒頭から悲劇の予感が漂います。
アカデミー賞では『シンドラーのリスト』に敗れましたが、印象的なシーンに溢れた名作です。
『ピアノ・レッスン』については<解説『ピアノ・レッスン』声の出ない主人公エイダの謎と結末の意味とは?>で詳しく解説しています。
参考文献:『In the Scene: Jane Campion (English Edition) 』Ellen Cheshire (著)