解説『ピアノ・レッスン』声の出ない主人公エイダの謎と結末の意味とは?

ピアノレッスン解説繭

今年のアカデミー賞は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が最有力候補だといわれています。

この映画を監督したジェーン・カンピオン監督は30年前に『ピアノ・レッスン』という作品でアカデミー作品賞、監督賞候補になりました。マイケル・ナイマンの音楽がとても美しく、いつまでもピアノの旋律が忘れられない名作です。

この作品がすばらしい作品であることは間違いないのですが、描き方が不明瞭でなんだかモヤモヤする点が多いのも事実です。

わたし”Visuword”は映画を1カットずつ検証することで、監督の意図を探ろうと試みています。感想や批評ではなく、映像の中にあるヒント(事実)から映画を解説します。

さらに『ピアノ・レッスン』には映画が公開されたあと、ジェーン・カンピオン監督によって発表された小説が存在します。とても重要なことが書かれているので、小説の内容も少しご紹介します。

今回は『ピアノ・レッスン』を観てさらに深く読み解いてみたい人に向けて、小説と映像の中のヒントから解説していきます。

映画の結末には触れています。ご覧になってからお読みいただくことをオススメします。
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『ピアノ・レッスン』の背景

まずは『ピアノ・レッスン』の背景を簡単におさらいしましょう。

  • 1993年公開
  • 監督:ジェーン・カンピオン
  • 主演:ホリー・ハンター、アンナ・パキン、ハーヴェイ・カイテル、サム・ニール
  • 脚本:ジェーン・カンピオン
  • 音楽:マイケル・ナイマン

ジェーン・カンピオン監督は、ニュージーランド出身の女性監督です。1989年に『スウィーティー』でデビュー、『ピアノレッスン』と『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で2度のアカデミー監督賞にノミネートされています。女性として監督賞に複数回ノミネートされた最初の人物となりました。

その辺りの詳細は《「女性監督のパイオニア」ジェーン・カンピオン》で触れています。カンピオン監督が辿った映画のような人生もそちらでご確認ください。

『ピアノ・レッスン』はカンヌ国際映画祭でパルムドール(作品賞)を受賞、アカデミー賞では監督賞こそ逃しましたが、ホリー・ハンターが主演女優賞を、アンナ・パキンが11歳で助演女優賞を、そしてカンピオン監督は脚本賞を受賞しました。

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この時は『シンドラーのリスト』が作品賞を、そしてスティーブン・スピルバーグが監督賞を受賞しました。くしくも30年後の今回は再び『ウエスト・サイド・ストーリー』のスピルバーグ監督との再戦となりました。

物語のはじまり

物語はスコットランドからはじまります。エイダは娘のフローラとともに、ニュージーランドに住むスチュワートのもとへ嫁ごうとしています。持参品の中でも目を引くのが大きなピアノでした。

エイダは言葉を話さず、フローラとは二人だけで理解することのできる手話を用います。そんなエイダにとってピアノはただの楽器ではありませんでした。

荒れた航海を経てニュージーランドに辿り着いたエイダでしたが、迎えにきたスチュワートは森を抜けなければいけないため、ピアノを運ぶことを拒みます。

置き去りにされたピアノが気がかりなエイダは、隣に住むベインズに海岸まで連れて行ってもらうよう依頼します。海岸でピアノを弾くエイダに惹かれたベインズは、スチュワートに土地とピアノの交換を提案し受け入れられました。

こうしてエイダによるベインズへのピアノレッスンがはじまります。

エイダの声

主人公のエイダは6歳のときから言葉を話すことをやめてしまいました。前提となっているこの設定こそ、物語を理解するための大切な要素です。映画を観ただけでは言葉を発しない理由が描かれていませんが、小説には詳しく書かれています。

エイダが6歳のとき、叔母をもてなした夕食の席で砂糖をテーブルに広げて文字を書いていたエイダは父親に叱られてしまいます。「こっちに来なさい」そう父に言われたエイダは、子供用の背の高い椅子に腰掛けていたためそれができないと答えました。

「口答えするなら自分の部屋に戻って、今日一日黙っていなさい」と父親は厳しく叱ります。

そしてエイダはそれ以降一言も話さなくなりました。

エイダは自分の小さな鉄の意志の命ずるところに逆らうことはできなかった。

引用『小説 ピアノ・レッスン』著ジェーン・カンピオン、ケイト・プリンジャー

信じられないことですが、エイダが一言も言葉を発しないのは話さないと自分で決めたからです。この物語をきちんと理解するためにはこのことを理解することが重要です。

エイダの才能はピアノを弾くことではなく意志の強さであり、父親はこれを「暗い才能」と呼びました。

エイダの母親

もうひとつ映画では触れられていない重要な点が、エイダの母親に関する設定です。エイダの母親はエイダを産んだ三週間後にこの世を去りました。

そしてエイダの半身ともいえるピアノは、父親から母親への結婚記念日のプレゼントだったのです。つまりエイダは母親の存在をピアノを通して感じていたのです。

海岸に残されたピアノを見つめるエイダが悲しい表情を浮かべるのは当然です。

フローラの父親

エイダの娘フローラの父親についても、映画では一切触れられていません。

エイダが16歳になったときに、エイダのピアノの先生としてデルワーという青年が雇われました。二人はピアノのレッスンを通じてお互いに愛情を感じるようになります。そしてエイダが18歳になったときに、ついに関係を持ちます。

ところが年の離れたデルワーはその直後にエイダの前から姿を消してしまいました。エイダはデルワーへの想いを鍵盤に刻みました。映画でも一瞬だけ映った『A&D』とはエイダとデルワーを表しています。

映画で描かれていたベインズとの間の出来事は、デルワーとの間に起きたことの繰り返しだということに気づきましたか?

物語の本当の意味

すっかりエイダに惚れたベインズは、レッスンのたびに彼女へ要求をつきつけます。スカートを持ち上げろ。上着を脱げ。そのかわりにピアノの鍵盤(黒鍵)を彼女に返すと約束します。そして肉体関係を持つようになったころには、エイダもベインズに特別な想いを抱き始めます。

ところがベインズはどれほど愛してもエイダが自分のものにはならないことに苦しみ、ピアノをエイダに返してしまいます。動揺したエイダはピアノのないベインズのもとへと通うようになりました。

二人がそうした情事を繰り返していることにスチュワートが気づきます。彼はベインズと同じようにエイダの身体を求めますが拒まれ、彼女を家に閉じ込めます。するとエイダはベインズのかわりにスチュワートの身体で欲望を満たすようになりました。

しばらく閉じ込めていたエイダをスチュワートが解放すると、エイダは鍵盤にベインズへの思いをつづり娘のフローラに持たせます。ところがスチュワートをパパと呼ぶようになっていたフローラは、鍵盤をベインズではなくスチュワートに届けてしまいます。

怒りに燃えたスチュワートは斧をピアノに突き刺し、エイダの指を切断しました。

ところがそうまでしてもエイダがベインズのもとへ向かうことを諦めていないことを悟ったスチュワートは、ついに二人の仲を認め立ち去ることを許すのでした。

新しい土地へ向かう船のうえで、エイダはピアノを捨てることを望みます。そして瞬間的にピアノとともに海に沈むことを選択しますが、すぐに思い直して海上に浮上しました。

ベインズとともに新しい土地に渡ったエイダは、言葉を話す練習をしながら義指で新しいピアノを弾くのでした。

映画と小説の違い

映画ではエイダとベインズの恋物語に焦点が絞られていますが、小説ではエイダがひとりの女性として成長をする過程がより強く描かれています。

ピアノが母を象徴しているとすれば、声を発することを拒絶してピアノを弾きつづけるエイダは、まるでいつまでも母のスカートの裾を掴んで離れようとしない幼子のようです。

そのような視点で映画を観ると、理解できなかったシーンの意味が見えてきます。

エイダの心の声

エイダの指を切断したスチュワートは、エイダの心の声を聞きます。その想いの強さ(不気味さ)から、エイダがベインズとともに立ち去ることを認めます。

スチュワートが聞いたというエイダの声はいったいなんだったのでしょうか。小説にも映画の中にも心の声の答えははっきりとは書かれていません。

おそらくエイダの父親がいうところの「暗い才能」だったのではないでしょうか。エイダの最も特徴的なのはピアノの才能ではなく鉄の意志です。

小説にはエイダの瞳が鋼鉄色に変わるという表現がたびたび出てきます。その才能によってスチュワートがエイダの意志に気がつき、心の声として届いたということではないでしょうか。

捨てられたピアノ

新しい土地へと向かう船の上で、エイダはピアノを捨てるように求めます。ピアノを捨てるということは母との別れを意味します。船の漕ぎ手であるマオリ人のひとりが「そんな棺桶は海に捨てよう」と賛同します。母の棺桶です。

ピアノは船から滑り落ちて海へと沈んでいきます。そして瞬間的にエイダはロープに足を絡ませて、ピアノと運命を共にすることを選びます。

ところがすぐに気を持ち直し、エイダは海面に浮上します。 母と別れ産まれ直したエイダの誕生シーンです。

海の底のピアノとエイダ

この映画のラストシーンには海の底のピアノとエイダが描かれています。

「海底はあまりに静かで私は眠りに誘われる。不思議な子守唄。そう私だけの子守唄だ」

ラストシーンのエイダによる独白

夜になるとエイダは海底の墓場の沈黙を想像して眠りにつきます。ピアノを捨てて声を発する練習をはじめたエイダでしたが、夜だけは母と一緒に眠りにつくのです。

映画だけ観ても名作であることに変わりありませんが、エイダの人生についてより深く知りたい方は小説版を読んでみることをおすすめします。

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『ピアノ・レッスン Blu-ray』TBR24571D から引用

参考文献『小説 ピアノ・レッスン』ジェーン・カンピオン、ケイト・プリンジャー著

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