解説『イングロリアス・バスターズ(第一章)』の仕掛け

イングロリアス・バスターズ解説暗示

今回取り上げる作品は『イングロリアス・バスターズ』、クエンティン・タランティーノ監督による2009年公開の作品です。

全5章で構成されるこの作品のうち、今回は第1章部分を分析してみましょう。タランティーノ監督は登場人物の台詞だけではわからない、映像表現で物語を補完しています。

分析という性質上、映画をご覧になっている方に向けた内容です。ネタバレ等ご容赦ください。
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監督紹介:クエンティン・タランティーノ

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まずはタランティーノ監督のFilmographyを確認しましょう。

  • 1992:Reservoir Dogs(レザボア・ドッグス)
  • 1994:Pulp Fiction(パルプ・フィクション)
  • 1997:Jackie Brown(ジャッキー・ブラウン)
  • 2003:Kill Bill:Vol.1(キル・ビル vol.1)
  • 2004:Kill Bill:Vol.2(キル・ビル vol.2)
  • 2007:Death Proof(デスプルーフ in グラインドハウス)
  • 2009:Inglourious Basterds(イングロリアス・バスターズ)
  • 2012:Django Unchained(ジャンゴ 繋がれざる者)
  • 2015:The Hateful Eight(ヘイトフル・エイト)
  • 2019:Once Upon a Time in… Hollywood(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド)

イングロリアス・バスターズは『デスプルーフ』から二年後に公開された通算6作目の作品になります。 タランティーノ監督の作品はどれも映画ファンに人気ですが、今回とりあげる『イングロリアスバスターズ』の第一章は、批評家からもとくに高い評価を得ています。

第82回アカデミー賞ではこの作品でランダ大佐を演じたクリストフ・ヴァルツが助演男優賞を受賞、そのほか作品賞、監督賞など計8部門でノミネートされています。

《「時代の寵児」もいまや「巨匠」クエンティン・タランティーノ》を確認する

第一章に隠された仕掛け

映画のオープニングにあたる第一章は、1941年ナチスに占領されたフランスが舞台です。ナチスが行方不明のユダヤ人一家を探してある酪農家のもとを訪れるという話です。

酪農家とナチスが会話をする場面は緊張感に溢れています。

実はタランティーノ監督は映像の中にある仕掛けをしています。

ヒントはこのカット。

緊張感を持続させるある仕掛けに気付きましたか?

それでは詳しく見てみましょう。

三人の娘と三人の兵士

酪農家ラパディットには三人の娘がいます。街でも噂されるほどの美人三姉妹です。

実は当初の脚本では三人の娘にはシャーロットという母親がいましたが、公開された映画ではすでにこの世にはいないという設定に変更されています。切り株に腰掛けたラパディットがハンカチに残された妻の匂いを吸い込むシーンから、そのことがわかります。

SSの将校ランダ大佐は、三人の兵士を従えてあらわれます。ランダ大佐が末の娘の手を取る様子を見て、ラパディットは娘たちに危害が加わることを恐れます。なにしろ外には三人の兵士たちが待機しています。

ミルクを飲み干したランダ大佐は「家族もミルクもブラボー」と褒め称えます。そしてラパディットに三人の娘の退室を求めます。

妻が死んでしまってこの世にいないことも、娘と兵士が同数だということも、この場面の緊張感を高めるための重要な要素です。

不思議なフレーミングの会話

ここからはテーブルについたランダ大佐とラパディットの長いやりとりです。

行方が分からないユダヤ人のドレフィス一家について、ランダ大佐はラパディットに質問をします。ラパディットはドレフィス一家がスペインへ逃れたという噂を耳にしたと答えます。

一連のOTS(オン・ザ・ショルダー)では、人物が不自然に画面の中央に配置されています。そのため画面の一方に大きな空間がうまれています。さらにこの後に続くARCショット(回り込み)でも、カメラがテーブルを回りこむ際に意図的に進行方向とは逆向きにパンをします(さきほどヒントでお見せした画像でご確認ください)。

不安定な構図にすることで緊張感を高めたかったという考え方もできますが、わたしは賛成できません。実はわたしがこの作品を初めて観た時、ナチスよりも怖いと感じるものがありました。

それはテーブルの上のミルクです。

OTSやARCショットで不思議なフレーミングが続けられたことと無関係だとは思えません。タランティーノ監督はミルクのグラスを意図的に構図に取り入れているのではないでしょうか。

それは一体なぜでしょうか?

ミルクと制帽

床下にドレフィス一家が隠れていることを、タランティーノ監督は見事な降下ショットで見せてくれました。いよいよ第一章の山場です。

なおも質問を続けるランダ大佐と嘘を続けるラパディットの緊迫したやりとりが続きます。

この画像でテーブルの上のミルクと対になっているアイテムがあることに気付きますね?

タランティーノ監督はランダ大佐の制帽を、ミルクと同様に常に画面に配置しています。ランダ大佐がなぜ自分がユダヤハンターと呼ばれるのかという理由を語るあいだも、それぞれの1ショットにおいて不自然なまでにミルクと制帽を画面に配置しています。

わたしはタランティーノ監督がミルクと制帽で<あるもの>を暗示しているのだと考えています。

理由はやはり脚本にありました。完成した作品には存在しないシーン、それは洗濯物を取り込む娘たちを見つめる兵士の様子を描いた場面です。

ラパディットが一番恐れていることは、ドレフィス一家の存在でも自分の身に迫る危険でもなく、三人の娘に忍びよるナチスの兵士だということはいうまでもありません。

妻が亡きいま、彼はなにと引き換えにしても娘たちの身を守りたいはずです。

タランティーノ監督は娘に忍びよる危険を直接描くことはしませんでした。そのかわりに娘たちを<ミルク>に、兵士を<制帽>にみたてて画面の中に配置し続けたのではないでしょうか。

屋外の様子を知る術のないラパディットと同じ状況に観客を置いたのです。

わたしがミルクに恐怖を感じたのは、ラパディットに共感しながらこのシーンを鑑賞していたからに違いありません。

ラパディットはついに、ドレフィス一家の存在を明かしてしまいます。娘たちを危険に晒してまでも、ユダヤ人一家を庇い続けることはできなかったのです。

こうしてこの復習の物語の幕があがります。

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『イングロリアス・バスターズ』を視聴する

分析画像は『イングロリアス・バスターズ Blu-ray』GNXF-1081より引用

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