『アイス・ストーム』は2度のアカデミー監督賞を受賞したアン・リー監督による作品です。
決して有名な映画ではありませんが、凍った街を舞台にした印象的な物語です。
作品ごとにスタイルを変えるアン・リー監督は、この映画でも巧みな手腕を見せてくれています。
監督が映画に隠した仕掛けについて、詳しく分析してみたいと思います。
今回の分析は映画の結末には触れていません。安心してご覧ください。
目次
監督:アン・リー
まずは監督のFilmographyを確認しましょう。
- 1991年:Pushing Hands(推手)
- 1993年:The Wedding Banquet(ウェディング・バンケット)
- 1994年:Eat Drink Man Woman(恋人たちの食卓)
- 1995年:Sense and Sensibility(いつか晴れた日に)
- 1997年:The Ice Storm(アイス・ストーム)
- 1999年:Ride with the Devil(楽園をください)
- 2000年:Crouching Tiger, Hidden Dragon(グリーン・デスティニー)
- 2003年:Hulk(ハルク)
- 2005年:Brokeback Mountain(ブロークバック・マウンテン)
- 2007年:Lust, Caution(ラスト・コーション)
- 2009年:Taking Woodstock(ウッドストックがやってくる!)
- 2012年:Life of Pi(ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日)
- 2016年:Billi Lynn’s Long Halftime Walk(ビリー・リンの永遠の一日)
- 2019年:Gemini Man(ジェミニマン)
『アイス・ストーム』を作り上げたアン・リー監督は、監督第4作目の『いつか晴れた日に』でハリウッドデビューをはたしました。
そして『ブロークバック・マウンテン』で、アジア人監督として初のアカデミー監督賞を受賞したことでも知られています。
多種多様な言語や文化、ジャンルの映画を作り出すアン・リー監督は、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』でも二度目のオスカーを獲得しています。
詳しくは《「アジアが誇る名匠」アン・リー》でご確認ください。
アン・リー監督のハリウッドデビュー第2作目となった『アイス・ストーム』はリック・ムーディーによる原作小説を映画化したもの。
1973年ウォーターゲートの最中、凍りついたニューヨーク郊外の街を舞台に、思春期の子供を持つふたつの家族を描いた群像劇です。
主演のおたく青年役にスパイダーマン前のトビー・マグワイア、両親役にケビン・クライン、ジョアン・アレン、妹役にクリスティーナ・リッチ、妹の友達にロード・オブ・ザ・リング前のイライジャ・ウッド、その母親役にシガニー・ウィーバーと共演陣も豪華です。
カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞しています。
会話シーンにおける仕掛け
『アイス・ストーム』はお互いに秘密を抱えながら生活する家族が、わかりあうことができない様子が描かれています。
アン・リー監督は凍りついた街の描写や、彼らが利用する路線の終着駅の様子など、冷めきった家族関係をさまざまな方法で表現しています。
さらにアン・リー監督は冷たい家族関係を表現するため、ある特別なしかけをしています。
電話での会話
これは映画の冒頭、大学の寮にいるトビー・マグワイア扮するポールが、ケビン・クライン扮する父親のベンと電話で会話する場面です。
サンクスギビングは家族で過ごそうと、ベンが誘います。
お互いが画面の外側を向いていることがわかりますか?
電話の相手がクリスティーナ・リッチ扮する妹のウェンディに変わると、ポールは露骨に顔の向きを変えます。
こうした画面づくりは、父子関係に漂うよそよそしさを感じさせます。
食卓での会話
同じように冷めきった家族関係を暗示する工夫が食卓を囲む場面でも見られます。
感謝祭を祝うためにポールが帰省した際の食卓には、お互いの会話を阻害するかのような背の高いキャンドルが置かれています。
この場面にいたるまでに、家族それぞれが抱える秘密を鑑賞者は知っています。
背の高いキャンドルは、まるで秘密を隠そうとする家族4人の心のバリケードのように感じられます。
カメラ位置
不倫シーンのカメラ位置
ポールとウェンディの父親ベンは、近所に暮らす一家の母親ジェイニーと不倫関係にあります。
最初にそのシーンが描かれたとき、カメラは横になる二人を正面側から映します。
ベンが不貞行為に後ろめたさを感じていないことの表れだともいえます。
ところが妻のエレナに浮気がバレたかもしれないと不安になると、次のシーンでカメラは二人の背後に回ります。
段差のある間取り
ふたつの家族どちらの家も、高低差がある間取りが採用されています。
低い場所に子供たちが、そして親は高い位置から子供たちを見下ろします。
これはもちろん親と子の間に断層のように歪みが生じていることの証といえるのではないでしょうか。
そしてカメラは常に段差の下、子供たちの視点に据えられています。
子供を抱き抱える意味
アン・リー監督はこの映画において、親と子のすれ違いをさまざまな方法で描きました。
だからこそ大人と子供の心が触れ合うシーンは、その印象を強くしました。
ベンとウェンディ
上映時間1時間52分のこの映画において、中間地点となる52分あたりにこの映画でもっとも印象的なシーンがあります。
映画のポスターにも使用されることの多い、森の中を歩くベンとウェンディのシーンです。
ずっと昔にこの映画を観たVisuwordの胸にも今も強く残っています。
険悪な様子で森の中を歩く二人。ベンはふとウェンディが水溜りに足を踏み入れていることに気づきます(はっきりとは描かれていません)。
「足が冷たいだろう」とウェンディに抱っこをすすめるベン。
すると今までムッツリしていたはずのウェンディは、驚くほど素直にベンに応じます。
赤の他人とは違う「家族」というものを温かい視点で捉えている素晴らしいシーンです。
アン・リー監督があらゆる手法で冷え切った家族関係を描いたからこそ、親と子の視線が揃った唯一の場面といってもいいこのシーンの印象は強くなったのです。
ベンと「ある子供」
この映画のラスト15分間には台詞というほどの台詞はいっさいありません。
凍りついた街、冷え切った家族、それらが残酷なほど美しく描かれます。
そしてこのラストシーンでベンはある子供を抱き上げます。
映画中盤のウェンディを抱っこするシーンがあったからこそ、エンディングでのその場面が胸に深く響きます。
アイスストームが過ぎ去ったあと、ふたつの家族には何が待っているのか。
この映画は朝日をあびる駅で物語を終えます。終着駅は始発駅でもあるのです。
心にずっと残る映画です。ぜひご覧になってください。
そしてBlu-ray版の販売開始を待ちわびています。
『アイス・ストーム DVD』GADY-1544より引用